風はいつも追い風。

自分らしく生きたい。

夢が現実になった日。【ジンギスバルまーさん】

友人のまーさん。

まーさんと私は留学していた時に同じ語学学校に通っていた仲間。

彼は世界一周の旅の途中に旅を一時中断して、英語を勉強しにやって来た。

旅の途中で「英語を身につけてから旅にでたほうが効率が良い」と気がついたらしい。(旅にでる前に気がつかないところがまーさんらしい。)

授業のあとは学校から近い飲み屋街で毎晩のように飲み歩いていたまーさん。

静岡県出身のまーさんは「世界一周の旅が終わったら、いつか東京で自分の店を持ちたい。小さくても居心地が良くて、みんなが笑顔になれるような美味しい食べ物を提供するんだ」と言っていた。

私は「英語力を磨いて、世界を相手に取引を行えるような仕事につきたい。まーさんのお店ができたら、その時は私も目標の仕事についてまーさんのお店でまた再会しようね」と言いながらビールで乾杯した。

あれから月日は流れて、まーさんは世界一周の旅から帰国して、東京の千歳船橋駅から歩いてすぐの場所に「ジンギスバルまーさん」をオープンした。

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その直後に「孤独のグルメseason5」のテレビ取材をうけて、放映されるやいなや1日60件の予約メールが入る程予約のとりにくい超人気店になった。

今日は友人のわらふくさん(A1理論さんにMac Book Air を無償で譲った天使みたいな女性)と一緒にこの店へ行ってきた。

(ちなみに話の半分以上はA1理論さんの話で盛り上がった。いないところでも存在感がすごい。)

まーさんとは久しぶりの再会。

彼は東京で人気店の経営者になり、私は希望の仕事についた。

昔遠い異国の地でビールを飲みながら語り合った夢が、現実になった瞬間だった。

彼は私よりひとまわりもふたまわりも人生の先輩。年齢的には守りに入ってもおかしくない。

でもまーさんは自分の夢を諦めずに、新しいことに挑戦して見事に成功した。

夢を叶えるのに必要なのは、若さじゃなくて情熱だと感じた。


好奇心旺盛で、とってもクールな人。

まーさんに「あの時に語り合った夢が現実になって、こうやって再会できて最高だよ」って言ったら「俺も」って小さく笑った。

まーさんの笑顔も笑った時にできる目尻のシワも、昔とおんなじままでなんだか嬉しかった。

わらふくさんからもらったオレンジ色の薔薇を見ながら、今日はすごく特別な日になったなあと思った。

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仕事、ときどき、旅。【情熱×哲学】

旅が大好き。

世界遺産のような特別なものなんて無くていい。

日常の延長のように
のんびりしたり、
誰かと話したり、
散歩したり、
お昼寝したり。

まさにそんな「日常の延長のような旅」が、今の私にはすごく合っている。

先週は仕事でとにかく色んなことがあって、週末が近づくにつれてストレスがどんどん大きくなっていった。

朝まで一睡も出来ずにまた出勤した日もあった。

仕事の帰り道にすごく孤独を感じた。

大都会東京の雑踏の中で感じる孤独ほど、孤独を感じることって無いと思う。

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自分としっかり向き合う時間が欲しいから、たまにこうして旅に出る。

これまで旅にはとてもお金を使ってきたけど、それ以上の経験や価値を得られてきたから満足している。

30代になって環境を変えたこともあってか、考え方が20代のそれとは全く違うものになってきた。

20代の頃は世間体とか見栄とかタイトルとか「誰が見ても分かりやすいもの」に、とにかく振り回されていたような気がする。

30代は20代の頃の若さはもう無いし、体力的にもキツくなってきたと感じることがある。

責任も重くなるし、背負うものも大きくなる。

だけど確実に言えることは、私は20代の経験を糧に「今のほうがより人生をラクに生きられている」という実感がある。

自分ときちんと対峙すること。

これが一番大事だと考えていて、「私は本当はどうしたいの?」といつも心の声を聞くようにしてきた。

後悔とは行動しなかったことでおきるし、行動した先に例え失敗したとしても「この経験から学ぼう」と思うことができるから、後悔はおこらない。

そういった意味では私はやらずに後悔したことも無いし、すごく沢山のことを学んできたとも思う。

今回の旅でしっかりと自分と向き合う時間が持てて良かった。

不器用だけど、いつも頑張ってて偉いぞ私!

自分の価値は、自分で決めたい。

心のサードプレイスを求めている人は多い。

私の場合は下諏訪とまーさんのところ。

一人でも気軽に行けるし、こんな私を受け入れてくれる場所。

すごく感謝してる。

今の時代「情熱」っていうワードを出すだけでも恥ずかしいみたいな風潮があるけど、私は情熱×哲学のある人や場所にとても惹かれる。

また、私自身もいつもそうありたいと思う。

今回沢山の人の話を聞けて、沢山のことを考えたし私もアウトプットできた。

目の前にあることをまた明日からひとつひとつ頑張る。

また来ます、大好きな下諏訪。

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山下陽光さんと佐々木典士さんのトークイベントに参加して感じたこと。

5月19日(土)

山下陽光さんと佐々木典士さんのトークイベント(@高円寺 素人の乱)に参加してきた。

イベントの内容じゃなくて、今感じていることを率直に書いてみたい。

山下さんは資本主義経済の渦に飛び込まず、素晴らしい洋服を薄利多売している。

素敵な奥さまと可愛らしいお子さんがいらっしゃって、これからお子さんが大きくなっていくにつれて、きっとお金がどんどん必要になっていく。

良質な洋服を薄利多売しているので、利益が少なくて奥様から「もっと働け」と言われて、 山下さんの労働時間は今後ますます増えていくと思う。

最近よく耳にする、「倫理的な/道徳的なファッション」という意味の「エシカルファッション」。

山下さんもそのご家族も洋服を購入した人も、みんながハッピーになれたら最高だし、それこそがエシカルファッションだと思う。

ファッションは単に「布を身にまとう」んじゃなくて、

私たちは「哲学を身にまとう」って生きているんだと思う。

ファッションには人を動かす力がある。

モノがあふれる現代社会。

これからは人はモノの背景を知って、
その背景を購入する時代になっていく。

そんな時代に選ばれる価値のあるものをうみだしていると思ったし、ご本人もとても魅力的だと思った。

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ただ生きていくためには情熱とお金の両方がきっと必要で、

向かう方向性や考え方は私のそれとは違ったけど、山下さんの洋服のセンスはとても素晴らしいし、実際に洋服を手に取ってみて、一着一着が細部にまでこだわって作られていて、洋服から熱い情熱が伝わってきた。

彼にたくさんのファンがつくのも当然だと思った。

今回自分の考えと違う価値観に触れることができてとても面白かったし、参加できて良かったし、有意義な時間になった。

「自分の考えと違うから、あの人キライ!」

になる人がいるけど、私はそれは違うと思う。

あくまでも意見は意見。

意見を述べたその人をキライになるわけじゃない。

また、山下さんの考え方はマイノリティだとは思ったけど、マジョリティが必ずしもいつも正しいわけでもない。

どっちが正しいまたは悪い、と決めつける必要性もないんだと思う。

みんな違って、みんな良い。

イベントに参加して、まだまだ未熟な私の世界が広がったことは間違いない。

私はビジネスには世の中を動かす力があると信じているし、山下さんと佐々木さんという今後のご活躍がますます楽しみな才能のあるお二人に出会えて本当に良かった。

山下さん、佐々木さん、主催のナカヤママリコさん。

素敵な時間をありがとうございました!!

見えない点と点を繋ぐ。

「小さな頃から将来やりたいことが決まってる人っていいなー」

って大学受験の時に痛切にそう感じた。

私は当時興味のあることなんて特に無かったし、大学を卒業してもやりたいことはすぐには見つからなかった。

大学の就職相談課の担当の人がすすめてきた求人の中から、なんとなく聞いたことのある名前の会社を適当に受けて、一番はじめに内定をくれた会社に入った。

新卒で入社した会社は、入社して2ヶ月で女性の先輩社員が上司と大喧嘩して全員辞めた。

たまにしか鳴らない電話が鳴ったときは、私の隣で居眠りしてる男性社員が寝ぼけながらムクッと起き上がった。

(先輩、仕事中にまた寝てるよ…。
まあこの仕事つまんないもんねえ。
この知識が将来なんの役にたつんだろう。)

とすやすや眠る先輩を見ながらいつも思っていた。

それでも上司から専門知識をつけるように言われたし、やるからにはしっかりやらなきゃと思ったので業務に関連する資格だけは一応取得した。

将来のためじゃなくて、「一応」、「しぶしぶ」。

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その後色んな業務を経験して、だいぶ慣れてきて転職も視野に入れてた頃、 本屋でなにげなく手にとった『自分らしく働く女性特集』みたいな内容の記事の写真に目が止まった。

うつっている女性の笑顔がイキイキしてすっごく素敵だったから。

生きる屍と化してた私は、その記事を読んである資格を取得しようと決めた。

昼間はこれまで通り働きながら、夜間は学校へ通って、取得したら会社を辞めてその資格を活かして生きていこう。

そう決めた。

学費の支払いは当然自腹。

文字通り超節約生活の毎日で、体力的にも金銭的にもだいぶ厳しかった。

一年間程そんな日々が続いたけど、私がのぞんでやっていたことだから、精神的には不思議とつらくはなかった。

その後無事資格を取得したけど、諸事情があって結局その資格を活かした職業にはつかずじまい。

だから端から見たら学費と時間の無駄遣いかもしれない。

だけど、転職の際に面接でその資格について質問されたり興味を持ってもらって話が盛り上がることが多かった。

そして「先輩、また寝てるよ。この仕事の経験って、いったい何の役にたつのか…」って思いながらも「一応」「しぶしぶ」取得しといた資格は、今の仕事でかなり重宝がられたりしてる。

遠回りなようで遠回りじゃなかったし、
無駄なようで何ひとつ無駄じゃなかった。

当時は見えない点と点を繋ぐことなんてできなかったんだけど、スティーブ・ジョブズの言うように振り返って見ると点と点は繋がってるんだと感じた。

未来を見据えて行動する、じゃなくて、確信はないけど将来の糧になる。

きっとなんでもそうなんだ。

そう思って毎日を送るようにしてる。

ストレスとのつきあい方。【置かれた場所で咲くよりも、咲ける場所で咲けばいい。】

・満員電車に乗って通勤する
・仕事でお客さんから理不尽なことを言われる
・スーパーのレジで横入りされる

生きていく上でストレスはつきもの。

ストレスが無い人なんているのかな。

だとしたら私はそれとどう向き合っていくかが大事だと考える。

私は以前働いていた職場で、先輩の女性社員から今思い出しても強烈なパワハラを受けていた。

当時の上司に泣いて窮状を訴えても何も変わらなくて、24時間毎日負の気持ちを抱えながら過ごしていた。

そう、まるで生きる屍みたいに。

お酒に弱くのまれるタイプなのに、現状を忘れたくて浴びるほどのんで次の日は二日酔いで頭ガンガン。

そんな状態で会社に行って、またパワハラを受けるという最悪な状況。

1日にため息をついた回数は数えきれない。

パソコンで「ストレス」と検索したら、私の名前が一番にヒットするんじゃないか!?

と結構本気で思っていた。

私はそんな私が大嫌いだったし、周りもそんな私を嫌いだったと思う。

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一方でそんな状況を変えたい!というあつい気持ちもかろうじて消えていなかったので、一念発起してそこから脱出して今の会社に入社した。

『置かれた場所で咲きなさい』

って誰かが言ってたけど、ストレスを感じて鬱病などの病気になるくらいなら、無理にその場所で咲かなくてもいいと思う。

目標達成のためにする我慢と、理不尽なパワハラの被害に遭ってする我慢は全く種類が違う。

私は以前働いていた職場では「空気が読めない」「質問が多い」「自己主張が強い 」

…もう周囲から散々な言われようで、私はだめな人間なんだと思っていたし、いつも自己肯定的感が持てずにびくびくしていた。

でも場所を変えてからは「自分の意見をきちんと言えていいね」「ものごとの本質をすぐに理解できるね」「色んなことに気がつくね」と言ってもらえた。

もちろんお世辞だとわかってるけど、ポジティブな言葉は素直に嬉しい。

私が変わったんじゃない。

変わったのは環境。

置かれた場所で咲くんじゃなくて、咲ける場所で働けばいいじゃない。

その場所じゃ綺麗に咲けないのに、頑張って無理やり咲かなくていい。

そう思うようになった。

そして私は最近マインドの転換をするようにしてて、例えばさばかなきゃいけない業務が山積みで超忙しい中、後輩が「すみません、質問させていただいてもいいですか?」と話しかけてきても、「今忙しいから後にして」と断ることもできたはずなのに「うんいいよ」と言ったからには前向きな気持ちできちんと対応する。

その時のマインドとしては「断ることもできたのに、私は自らのぞんで後輩の質問を受けてそれに答えている」という感じ。

「仕事をさせられてる」じゃなくて「自らのぞんでその仕事をしている」

というマインド。

「嫌なことをさせられている」のはすごくつらい。

でもどんな仕事でも嫌なことやストレスが無いってことはないんじゃないか、と。

だったらせめてハンドルを自分で操作したほうがもっと楽しいんじゃないかなって。

ストレスは最大の敵!!
(ストレスを食べてくれる妖精がいたらいいのにね。多少高くても喜んで買うよ。)

将来のために我慢する、より今この瞬間を濃密に生きたい。

今を生きることが将来の幸せにも繋がるかもしれない。

確信はないけど、いつもそう思ってる。

本音と建前。【本音だけで生きる】

私は日本の文化と日本が大好き。

和食は美味しいし、世界トップレベルの治安と衛生状態の良さ、時間通りに走る電車、列を作って順番通りにきちんと並ぶ人たち、配慮のある立ち居振舞い…。

この『配慮』の文化は小さい頃から「他人に迷惑をかける行為はしちゃダメ」という教育が徹底されているからだと思う。

日本人のマナーの良さは世界的に有名で、実際に何度も耳にしてきた。

だけど私は小さい頃からこの『配慮』を含む、特に日本人同士のコミュニケーションでよく用いられる『本音と建前』がすごく苦手だった。

女性同士ではそれが顕著で、さっきまで笑いながら話してたのに、影では悪口をひそひそ…みたいなことがしょっちゅうあった。

私はそれがどうしても苦手だったし、今でもそういう人とは距離をとるようにしている。

陰口からは何もうまれない。

言うなら正々堂々と。

幸いにも今の職場の環境や雰囲気もそんな感じじゃないので、その点は非常に気持ちが良く、余計な気を使わずに安心して仕事に集中できている。

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結局のところ、悩みごとの大半は人間関係だと思う。

私は昔、人との関係性の構築の仕方がわからなくて、結構悩んでいた。

それは前述の日本人特有の『本音と建前』によるところが大きい。

日本の『配慮』の文化は素晴らしい。

けど手探りで相手の顔色を伺う日々は、私には息苦しいものだった。

大きくなり海外へ行ったり外国人の友だちができたことで、外から客観的に日本や日本人を俯瞰して見ることができたし、自分の中の次のステップに進むきっかけにもなった。

自己を自由に表現して、自分の正しいと思ったことを誰に媚びることなく素直に伝える人たちと一緒に過ごしたことで、

「私は自由なんだ!もっと自由に生きていいんだ。本来の自分で生きるってこういうことなんだ」

と肌で感じた気がした。

生きる本当の意味を、言葉じゃなくて実感として得られた感じがものすごくあった。

「出る杭は打たれる」ではなく、「オリジナリティ」を良しとする海外の考え方にもとても魅了された。

地元の良さはそこから離れて暮らしてみて初めてわかるように、私も日本から離れて改めて日本の良さや「ここはちょっと…」というところが色々とわかってきた。

『本音と建前』じゃなくて、『本音だけで生きる』。

日本ではなかなか難しいし誤解もされやすいけど、健全な人間関係を築くには本音だけで生きたほうが
いいんだと思う。

自己肯定感が高い人ほど、良い人生を送れると思う。【結婚と生き方について】

やりたいことや夢が見つからなかった頃、ふと「英語が話せたらカッコイイから海外へ行ってみよう!」と安易な考えで留学した。

たくさんの経験をして、夢を語る情熱的な友人と出会い、私にも新たな夢ができた。

今その夢を仕事にできて、本当に良かったと思っている。

外資系企業の年俸は毎年改定されるけど、必ずしもアップするとは限らない。解雇リスクももちろんあるし、明日から無職になる可能性だってある。

でも、もし解雇されたらバイトをすればいい。

いい年齢の大人がバイトをすることが悪いワケじゃない。

多くの日本人が捨てられないのは、肩書きという名の薄っぺらいプライドなんだと思う。

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家賃の高い東京でも、私ひとりが食べていくぶんくらいなんとでもなる。自分に対する肯定感があり、オリジナリティという価値がある。

私は他の人にはなれないし、他の人は私になれない。

私の同僚はいわゆるバリキャリ系タイプが多く、男性に養ってもらおうという意識は全くないように感じる。

とても前向きで、自己肯定感も強い。

そういった環境で仕事をしているためか、私も自然と「自分らしい生き方とは何か」と考えるようになっていった。

自分らしい生き方を見いだしたかったので、必要のないものを追いかけたり、自分らしくない自分になろうと努力することをやめた。

ミニマリズムもそのひとつ。

健全な人間関係を保ちたいし、自分を大切にして限りある時間の使い方をしたいと思うようになった。

私はいわゆる「アラサー・未婚・子どもなし」で、一般的には完全に「負け組のイタイ人」。

実際に既婚で子どものいる同世代の女性に

「結婚しないと幸せはつかめないよ」

「子どもを産んだことのない女性は、女性として半人前」

というようなことを面と向かって言われて絶句したことがある。

でも他人の目にうつる私と、私が思う私は違う。

私は自己肯定感がとても強いし、何よりも今自分の人生を楽しんでいる。

それでいいと思うし、それが全てだとも思う。

自己肯定感が高い人ほど、良い人生が送れると信じている。

今後ご縁があって結婚するかもしれないし、しないかもしれない。

でもどちらにせよ、後悔のない人生にしたいと思う。

肩書きで友だちを選ばない。【友だちになる基準】

子どもの頃、一緒に遊んでて楽しくて気が合う人とは自然と友達になった。

純粋にそれだけの理由。

大人になっても友だちになる基準は基本的には同じ。人によって態度を変えないところは、私の長所でもあり短所でもある。

・どこの大学を出ているのか?
・企業名や職種、役職は?

そういったことにはあまり興味がない。

たまに大企業に勤めていることや、親が裕福なことを自慢気に話してくる人もいるけど、そういう人とはあんまり話が弾まない。

「大学名よりどうしてその学科を志望して、何を勉強してきたのか」

「企業名や役職より、その場所でやりがいを感じられる日々を送っているのか。なぜ今の仕事を選んだのか」

そういう話がしたいし、聞きたいのになあと思う。

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私は自分の出た大学をとても誇りに思っている。

一生懸命勉強したし、高校三年生の当時、私が持っている力をじゅうぶんにだしきって入った大学だから。

でも大学名は私のステータスにはならないと思っていて、大学名じゃなくて努力した私を評価してほしいと思う。

大学名は私のパーソナリティとは全く関係ない。

同様に、有名な企業に勤めていることや親が裕福かどうかだって、その人のパーソナリティにはならないと思う。

親が裕福であっても、子どもであるその人が素晴らしいかどうかは全く別の問題。

有名な企業に勤めてたって、その人がやりがいを感じられない日々を送っている可能性だってある。

大企業=ステータスにはならないはずだけど、看板社会の日本ではついその看板にみんな目を向けてしまうんだと思う。

私は誰かと知り合うときに看板ではなく相手の中身に目を向けたいと思っていて、なるべく先入観にとらわれないようにしている。

自分と気が合うかどうか。

一緒にいて心地いいと感じるかどうか。

大人になっても結局のところ、子どもの頃の友だち選びとおんなじでいいんだと思う。