風はいつも追い風。

自分らしく生きたい。

ミニマリストとマキシマリスト。

一昨日A1理論さんと「たまには月でも眺めましょ(たま月)」で行われたミニマリスト佐々木典士さん/本橋へいすけさん(愛しの糸島ライフ)/高坂さん(たま月のオーナー)のトーク&ライブイベントに参加して感じたこと。

【私がミニマリストかどうかは別にどうでもいい】ということ。

会が始まる前に参加者による軽い自己紹介があって、「ミニマリストになりたいマキシマリストです」という方がちらほらいた。

私も以前はマキシマリストだったから、(ああ、昔の私と同じだ)って思った。

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今となってわかるのは、ミニマリストは手段であって目的ではないので「何故ミニマリストになりたいのか」を明確にしないといつまでたってもモノは減っていかないということ。

私の場合は仕事に全力を注ぎたかった。

器用ではないので色んなことを同時にできない。

部屋がいつもきれいで仕事も完璧にできて…とはいかなかった。

ある意味でミニマリストになるしか方法がなかった。

「仕方なく」的に開始したミニマリスト生活だったけど、部屋に自由な空間がうまれると、心にも余裕がうまれて仕事の生産性もぐっと上がった。

精神状態と部屋の状態はリンクしているようで、いつも心には余白がある。

たとえ仕事が激務で帰宅が遅くなったとしても、丁寧に磨かれた床やキッチン、溜まっていない洗濯物や作り置きされた料理が私を疲れから解放してくれる。

以前は化粧品や雑貨が数えきれないくらいあったし、ワンルームの部屋から同じハサミが3本もでてきたことがあった。

モノに溢れて収集がつかなかったし、いつも心には余裕がなくて苦しかった。

うまくいかない原因は自分の心の底にあったのに、さみしさやストレスをモノで埋められると勘違いしてどんどん集めてしまった。

買い物をすることは根本的なストレス解消にはならなかった。

それに気がついた今、思えること。

"本当に大切にしたいことが明確になっているかどうかでモノを減らせるか決まる"ということ。

A1理論さんのような先天的ミニマリストは別として、後天的にミニマリストになりたい人はこれが壁になる。

大切なことは何かが明確な人ほど、モノを手放す速度は加速する。

もっとおおげさに言うと、お金で買えるものはきっと手放しても大丈夫なのかもしれない。

必要ならまた買えばいい。

今は私がミニマリストであることにも執着していないし、モノを沢山持っている人が悪いとも思わない。

モノは自分の管理できる能力を越さない量かどうか。それがポイントだから。

リバウンドは恐らくしないだろうけど、物量は状況や必要に応じて変化させていきたいし、ミニマリストを経験したことで見えてきたことが沢山あったのでとても良かったと思っている。

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